思い立ったら即行動!アウトプット第一のエンジニア人生を歩んでいる吉田さんのお話 #ヌーラバーになりませんか

ヌーラボのインタビュー企画第17回目。今回も前回に引き続き、Typetalkチームからのインタビューです🎤

テレワークがいっきに普及したかのように言われた今年。新型コロナウイルスの状況が徐々に好転するとともに「テレワークが解除になってしまった」という声も聞かれるようになりました。

そんな中、離れていてもよりよいコミュニケーション・コラボレーションを生み出すために「Typetalk」というビジネスチャットツールを開発している吉田さんにお話を聞きます!ヌーラボのチームの中でも機能の企画から実装までOne Teamで行っているTypetalkチーム。また吉田さんが併せて所属しているBacklogとTypetalkを担当するモバイルチームについても聞いてみました🎶

 

今日のInterviewee

サービス開発部 Typetalk課 吉田 太一郎

前職までは長崎県で働き、転職をきっかけに福岡に移住。ヌーラボには2014年10月にiOSエンジニアとして入社し、当初からTypetalkのサーバーサイド(Scala)、モバイルアプリ(iOS)の開発を行う。福岡で活動するコミュニティScala Fukuokaの2019年のイベントでは座長を務める。

 

即決、即行動。吉田さんの学生時代

— 吉田さん今日はよろしくお願いします!長崎ご出身・大学時代は語学系の学部にいらっしゃったことは知っているのですがそれ以外を詳しく聞くのは初めてです。どう言った経緯でエンジニアになったんですか?まずは高校時代のことを教えてください。

大学の頃は確かに英語を学んでいましたが、高校の時は理系でした。実は高校3年生の時に高校を中退しています。。進学校だったのですが早朝からの補修や課題の量に嫌気がさして勉強に対して全くモチベーションが保てなくなってきました。授業は出たくないけど部活のサッカーは好きなので、直接部室に登下校する日々を過ごしていました。そうしているうちにある日の授業中突然「やめよう!」と思い立って、そのまま辞めてしまいました。友人が何人か家まで引き止めに来てくれましたが、結局そのまま家に上がってもらって一緒にゲームして解散した記憶があります(笑)

 

— すごい決断力と行動力…!(汗)

その後は福岡に一人で出てきてガソリンスタンドでアルバイトしながら生活していました。わりと真面目にやっていたのと、お客さんと話すのが好きだったので、その会社の福岡全給油所の営業利益トップになったこともあります。ただ、やっぱり社会に出ると高校は卒業しておいてほうがいいと身にしみて感じまして、後から通信制の高校に通って高校自体は卒業しています。それから21歳くらいの時に「これ以上福岡にいてもな」と思い立ち、長崎に帰り英語が学べるの大学を選んで入学しました。その時はなんとなく、旅行会社の「添乗員」という職業に興味があったんです。給料を貰いながら、海外に行ったり、海外からの観光客と一緒に日本全国を回るのは面白そうだなという単純な理由です。

大学に入学して、交換留学の選抜にも通過してアメリカに短期間ですが留学しました。ウィスコンシン大学で、大学の寮に入って現地の学生と相部屋で生活し、週末はホストファミリーの家で過ごすスタイルで生活していました。上手ではないですが英語でのコミュニケーションに恐怖を感じないマインドは、今思えばここで培われていて、今の仕事にも役立っていますね。当時のルームメイトは今でもずっと友達です。。彼はルームメイトだったことで僕の留学先の先輩日本人女性と知り合い、その方と結婚しました(笑)。定期的に日本に会いにきてくれて、本当に嬉しいです。

ギターも弾けちゃう吉田さん

 

ITとの出会いは街で見かけた1枚のパンフレットから

— 高校卒業時から結構自立していて大人ですね。私だったら大学に通っている同級生をみて血迷ってしまいそう(笑)。そこから当初からお考えだった旅行業界には行かれるんですか?

いや、それが旅行関連の道には進まなかったんです。就職活動の時に改めて真剣に考えたら、そんなにモチベーションがないことに気付いてしまって…。そのための勉強もそこまでやる気がでなくなってしまい、そのまま卒業して、1年半くらいはフリーターをしていました。もっと考えて行動すればいいのにと思っちゃいますね…。

IT業界に関わり始めたのはそれからまだ後、24才くらいの時です。彼女(今の妻)との結婚を考え始めた時にさすがにそろそろ就職を考えなければいけないな、と。そんな時に街角でITのカルチャースクールのパンフレットを見つけたんです。いまもよく見かけますが「Javaエンジニアになれる!」「年収XXX万円になれる!」という謳い文句が書いてあって(笑)パソコンを触ること自体は好きだったし、当時からMacを使ってネットサーフィンするくらいの趣味はあったんです。当時はまだダイヤルアップ接続の時代でしたけど…。

そんなくらいのテンションでやってみようかな?と思い、時間が不規則だったフリーターをやめて、薬品の卸会社に1年限定の契約社員として就職し、昼間は仕事、夕方からカルチャースクールという生活をはじめました。

 

— 働きながら、しかも新しい仕事を覚えながらカルチャースクールって結構根気がいる生活ですよね。心が折れそうだ…。

それが、スクールに通いはじめてからものづくりが好きだった自分に気付いたんです。高校時代の授業嫌いが嘘のように、思いっきり熱中してプログラミングやネットワーク、コンピュータの勉強にのめり込みました。また、そのスクールで出会った講師の人は僕の人生に大きな影響を与えてくれました。後ほど話しますが、前職の社長だったのです。

スクール卒業後は、ハローワークで見つけた会社にエンジニアとして入社しました。未経験でしたし正直に言って一社目はどこでもいいと思っていました。大学の教務系のパッケージソフトの会社で、履修管理や成績管理などの機能を開発している会社でした。使っている言語もCenturaっていう多分誰も知らないものでした。最初は、大学毎の機能カスタマイズを行い、徐々にヒアリングや納品のために顧客対応もするようになりました。

2年ほど経験を積んでいたところ、その会社がなくなってしまうことになって…(苦笑)スクールの講師だった方に相談したんです。その人が僕の人生を語る上で欠かせない大きな影響を与えてくれた人です。

ちょうどその時は講師だったその方がフリーランスで請けていた仕事が拡大していて、法人化したくらいの時でした。運良くできたてのその会社に社員として誘ってもらい、エンジニアとして2社目の仕事が始まりました。

いつぞやのBridgeでのミーティング後の一コマ。
吉田さんは2018年〜2019年の2年間、ヌーラボのバーチャルチームBridgeとしても活動していました。

 

人生に影響を与えてくれた恩師と働き始める

— では、ヌーラボの前の会社はほぼ立ち上げ期のような時から参画されていたんですね!

そうなんです。エンジニアとしても低レイヤまでかなり知識が深く、インターネット上に例のないような要件のものも実装してしまう技術力があり、どうやったらこうなれるんだろうといつも思っていました。その社長はいつも「エンジニアはアウトプットをしよう」と言っていました。ブログを書いたり、人に見せられるレベルまでアプリをつくりこんだり…その会社にいた頃はそんな教育方針の下で育ててもらいました。この頃からブログにちょっとした技術情報を書いたり、勉強会に顔を出したりということをはじめました。

立ち上がったばかりだったので社員も少なく、なんでも経験させてもらえる環境でしたね。お客さん先に営業同行して提案・案件獲得から、実装・納品まで全般的に担当していました。自治体の案件も多かったので、入札にも参加していました。最終的に6年くらいお世話になりました。

※ご興味あれば、吉田さんの前職の同僚だったBacklog課の内田さんのブログも併せてお読みください✨

 

— 吉田さんの人生に影響を与えた人が前職の社長というお話でしたが、他にも大きな影響をくれた人がいるとか。

そうなんです。前職で僕の後に中途入社してきた人の影響も大きいです。背中を押してくれるといいますか、普段から「アプリ作って公開しなよー」「吉田さんならやれるよー」とか言ってくれて、それにやる気をもらってどんどんモノを作ってアウトプットし始めました。この頃からmacOSアプリやiOSアプリを作るのにはまっていきました。また、その人に誘われてコミュニティに参加したり、PHPのコミュニティを立ち上げたりしました。それから毎月のように図書館併設のホールに集まって勉強会を開催していたのですが、ハードルが高いと感じられるコミュニティの運営が楽しいと思えるようになったのは彼のおかげだと思っています。

また、当時は会社の同僚が参加していたRubyエンジニアのコミュニティの支部や「Javaコミュ長崎」というコミュニティにも参加していて、ヌーラボの橋本さんとの出会いもありました。とはいえ喫煙室で軽く話したくらいで、ぼくも当時は橋本さんがどういう人物か知らないくらいの感じでしたが。

 

自社サービスの世界に飛び込んでみたい!

— 充実したエンジニア生活を送られていたようですが、ヌーラボと接点を持ったきっかけはありますか?

コミュニティ活動などにも参加していると、自然と社外の人や新しい知識に触れることが多くなりますよね。そんな経験をしていたら、自社サービスを作っている会社への興味が湧いてきたんです。もちろん前職の環境でも取り組むことはできたと思うのですが、メイン事業が受託である中で自社サービスに集中することは難しいと感じていました。

ただ、大きなきっかけはないまま日々過ごしていたら…Twitterでヌーラボの求人をみかけたんです!iOSエンジニアの募集で、当時のヌーラボは「ソフトウェアエンジニア」とかではなく、特定のエンジニアの領域の職種を募集しているのは珍しかったと思います。

ちょうどmacOSアプリ・iOSアプリを個人でも仕事でもたくさん手がけていた時期でした。この時個人開発のアプリは10個以上公開していました。手元だけで動くアプリを作るだけではなくて、ちゃんとインターネット上にリリースして、不特定多数の人に使ってもらえる ところまでやり切るということををすごく意識していました。僕は情報系の学校を卒業しているわけではなかったので、アウトプットが証明できるものがないと、情報系の大学でしっかり学んでいるエンジニアには太刀打ちできないと、ある種のコンプレックスもあったかもしれません。でもそのおかげで自分のスキルに自信を持つことができていました。その自信を持って、ヌーラボにはTwitterで見かけたその日のうちに応募、妻に事後報告しました(笑)。(改めて確認したら、「福岡って(いう街)どう思う?」「いいよねえ」という会話だけはあったそうです。)

 

— ここまでの吉田さんのお話を聴いていると、吉田さんはスイッチが入ると爆速で行動するし、スイッチが切れても爆速で行動しますね(笑)ONかOFFしかない感じ!転職に伴って移住ということですが、福岡は住んだことがある町だとはいえ、移住で困ったことはないですか?

事後報告した妻も前向きに応援してくれたんですよね、とても感謝しています。ただ、応募した後に2人目の妊娠が発覚しこれは大変だ!と後からすごく焦りました…。そんな事情もあったので、最初の数ヶ月は落ち着くまで長崎からリモートで対応させてもらって、出産が終わってから2週間後くらいから福岡に移住してきました。

 

— お、大忙し!(笑)そんなこんなで入社してからはどんな業務を担当していましたか?

はい、今と同様に最初からTypetalkチームに入り専属のiOSエンジニアとして、すでに開発されていたiOSアプリをObjective-CからSwiftへ移行するところから担当しました。しかし、人員が少なかったことや、モバイルをやっているとWebのAPIを実装したくなることが多かったことが要因で、バックエンド(Scala)も実装するようになりました。

いまもTypetalkは少数チームで開発をしています。年度の計画作成の段階からPdMと会話することもあり、チームメンバーの意見も吸い上げてもらえています。実際プロジェクトが始まる際にはモバイルだけでなくサーバーサイド / SRE含めたアプリケーション全体で「なぜつくるのか」を共有するためのインセプションデッキ(最近ではプロジェクト憲章のような取り組みも始まっています)を作り、合意を取ってから開発に着手しています。

「なぜつくるのか」を考えるためには、日頃からのユーザーからの要望、ユーザーからの問い合わせで困っていた事象などで材料を集めることが重要だと思います。これらの要望を直接実装するのではなくて、ユーザーが何を解決したくてこの要望を出しているのだろう?と考えて他の要望との共通項を探して別の解決策を見つけたり…そんなことを考えるプロセスはとても楽しいです

また一時期は実際にTypetalkユーザーを訪問してユーザーインタビューなども行っていました。エゴサーチして見ているTwitter等のSNSからだけのフィードバックだけでなく、会って話をすると要望を更に深堀りできるので、ユーザーが本来解決したい課題が見えてくることがあります。最近やれていないのでまたやってみたいですね。

 

Typetalkチームとモバイルチーム、そして自身のこれから

— まさにプロダクト開発という感じ。自分たちの手で創り上げている感覚ですね!自社サービスの中でも自分がここまで毎日使い込むサービスを開発している人って、世の中そんなに多くないんじゃないかな〜。現在Typetalkチームはメンバーを増強しようと採用活動中ですが、人が増えたらこんなことがやりたい!という希望はありますか?

サービスのプロトタイプを開発したPdMが近くにいて一緒に働ける環境ならではですね。

Typetalkチームは少数のメンバーでやっているのですが、最近ではヌーラボも組織として大きくなっており、ビジネス的に優先度が高いプロジェクトが年間計画としてたっており、それを進めるのに手一杯になることがあります。もちろんそれは大事なことなので良いのですが、一方数日程度で機能追加できるような改善に着手するのが難しくなっています。今よりも余裕を持ち、ユーザーの要望にもっと素早く答えられるチームを作りたいと思っています。計画の遂行とスピードある開発の両立を目指したいですね。

また、最近は「PMF」という言葉を社内で聞くことも増えました。Typetalkは他の製品(Backlog、Cacoo)よりも後発で競合製品も多い市場で戦っていますが、狙うマーケットを間違うと競合他社の製品に近づくだけになってしまう恐れがあります。そもそも僕たちが向かうべきマーケットはどこにあるのか、サービスをどう改善していけばいいのか…開発はもちろんですが、どんなユーザーにどんな価値を提供するか、そんなことも話せる仲間と一緒に働きたいですね!チームは少人数ですがサービスのプロトタイプを開発したPdMが近くにいるのでこのあたりはやりやすい環境だと思います。

 

— 吉田さんはTypetalkチームの一方、Backlogのモバイル担当チームを含めたメンバーとも横断的に関わっていると思います。吉田さん以外はEnglish Speakerというグローバルなチームですが、そちらはいかがですか?

もともとTypetalkチームのモバイル(Android/iOS)エンジニアはTypetalkアプリだけ、BacklogチームはBacklogアプリだけを専門でやっていましたが、Androidを中心にTypetalkも横断でみるモバイルチームへと徐々に変化しています。またコードレビューなどもチーム間で担当し合うことで、アプリの品質向上、学習の機会獲得を期待しています。

最近は、毎月モバイルチームのミーティングをPdMや開発部長なども含めて行っています。もちろん進行は英語です。そこでは年間スケジュールを共有したり、各チームでやっていることの共有、モバイルチーム全体として決めるべきことを話しています。モバイルエンジニアは人数が少ないこともあり孤立しがちなので、あつまる機会を作りたいというのも意図していたりします。

長らく一人一役のモバイルチームだったところから徐々に脱してチームとして動けるようになってきたのはいいことです。とはいえ、今のところ僕はBacklogのiOSには触れていないので、今後は関われるようになれるといいなと思います。

 

— 最後に、吉田さんの個人的なこれからのやりたいことなどはありますか?

今は新型コロナウイルスの影響もあって難しいですが、将来的には海外で働きたいですね。リモートでも働ける環境が整ってきたので、ヌーラボの仕事をしながら海外、特にヨーロッパ地域に住むことができたらいいなと思っています。一人ひとりに権限が移譲できていて、しっかりBacklog/Cacoo/Typetalkを使い倒す業務環境が作れれば、時差がある環境での仕事も難しくはないと思っているんですよね。子どもの学校や習い事もあるので、簡単には実現できないかもしれないですが、夫婦の将来的の夢としては常に考えているのでいつかは実現します!

 

— 吉田さん、ありがとうございました!

 

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