私の、あなたの、全ての人のためのアクセシビリティ #ヌーラボ真夏のブログリレー2024

※この記事はヌーラボ真夏のブログリレー2024 Businessの15日目の記事です。

こんにちは!6月に入社した新人ヌーラバー、ウェブサイト課のYoshinoki(@4noki10)です。

私はウェブを中心としたアクセシビリティの向上活動に強い関心を持っていて、日々の業務で取り組んでいます。この記事ではウェブに限らずより広い意味でのアクセシビリティを取り上げながら、「アクセシビリティの向上は私たちの社会全体にどれほど大きな利益をもたらすのか」という点について考えてみたいと思います。

注意:この記事には画面を見て利用している方に情報の不平等さを体験してもらう目的を持って書いている箇所があります。画面が見えない環境で利用をしている方にも情報が伝わるよう最大限注意をしていますが、筆者の意図通りの情報を完全に提供できていないことを、あらかじめご了承いただければ幸いです。

はじめに

はじめに、アクセシビリティおよびウェブアクセシビリティとは何か、政府広報オンラインの記事より引用してご紹介します。

アクセシビリティとは

「アクセシビリティ」という言葉は、Access(近づく、アクセスするの意味)とAbility(能力、できることの意味)からできています。「近づくことができる」「アクセスできる」という意味から派生して、「(製品やサービスを)利用できること、又はその到達度」という意味でも使われます。

政府広報オンライン、「ウェブアクセシビリティとは? 分かりやすくゼロから解説!」https://www.gov-online.go.jp/useful/article/202310/2.html

ウェブアクセシビリティとは

ウェブアクセシビリティは、ウェブにおけるアクセシビリティのことです。利用者の障害などの有無やその度合い、年齢や利用環境にかかわらず、あらゆる人々がウェブサイトで提供されている情報やサービスを利用できること、またその到達度を意味します。

政府広報オンライン、「ウェブアクセシビリティとは? 分かりやすくゼロから解説!」https://www.gov-online.go.jp/useful/article/202310/2.html

透明化されているアンフェア

さて、いきなりですがクイズを出題します。

問1

次の画像から得られる情報をもとに「ホテル行きのバスがヌーラボ駅を出発する時刻」を答えてください。ヌーラボ観光バス時刻表。ホテル行きのバスは17時にヌーラボ駅を出発し、17時20分にA駅、17時40分にB駅、18時にホテルに着く。ヌーラボ駅行きのバスは8時にホテルを出発し、8時20分にB駅、8時40分にA駅、9時にヌーラボ駅に着く。

 

いかがでしょうか。簡単すぎますか?あるいは難しすぎるでしょうか?

では早速ですが正解を発表します。

正解は「17時」です。あなたは正解できましたか?

簡単すぎてこれではクイズになっていないと感じた方もいると思います。逆に全く答えが分からなかった人もいるはずです。この違いはどこにあるのでしょうか?これから考えていきましょう。

私の予想では、恐らく多くの人が正解にたどり着けなかったはずです。きっと正解できなかった人は、この画像を視覚的に見て「ヌーラボ観光バス時刻表」「ホテル行き」「ヌーラボ駅行き」というテキストだけを読み取ったはずです。

「ホテル行き」「ヌーラボ駅行き」の下に何やら表のようなものも発見したはずですが、これだけでは「ホテル行きのバスがヌーラボ駅を出発する時刻」など分かるはずがありませんね。

では、どうすれば答えにたどり着くことができたのでしょうか。実はこの問題、なぞなぞや謎解きクイズの類では一切ありません。

続いて、正解できた人の立場からこのクイズを考えてみます。

恐らく正解できた人の多くは視覚以外の手段でこの画像の代替テキストを読み取ったはずです。

この画像の代替テキストには「ヌーラボ観光バス時刻表。ホテル行きのバスは17時にヌーラボ駅を出発し、17時20分にA駅、17時40分にB駅、18時にホテルに着く。ヌーラボ駅行きのバスは8時にホテルを出発し、8時20分にB駅、8時40分にA駅、9時にヌーラボ駅に着く。」という内容が設定されていました。そのためこの情報を得られた人は特に考えることなく容易に正解できたはずなのです。

「代替テキストって何?」と思う方も多くいると思うので説明をします。代替テキストはスクリーンリーダー(画面読み上げ)などの支援技術に画像の内容を伝えるためのテキストです。何らかの理由で画像が読み込めない場合にも利用されることがあります。

また、スクリーンリーダーとは、主に視覚障害者向けのソフトウェアで、画面上のテキストや操作を音声で読み上げるツールです。

正解できなかった方のために、macOSに搭載されているVoiceOverというスクリーンリーダーで、先ほどの画像を読み上げた音声を用意したので聞いてみてください。


ヌーラボ観光バス時刻表。ホテル行きのバスは17時にヌーラボ駅を出発し、17時20分にA駅、17時40分にB駅、18時にホテルに着く。ヌーラボ駅行きのバスは8時にホテルを出発し、8時20分にB駅、8時40分にA駅、9時にヌーラボ駅に着く。


というテキストが読み上げられました。ここまでの情報が得られれば、恐らくほぼすべての人が正解にたどり着けることでしょう。

では、ここで一つあなたに質問です。

あなたは「このクイズはフェアだ」と感じますか?

続いて、もう一問クイズを出題します。

問2

次の画像から得られる情報をもとに「ホテル行きのバスがヌーラボ駅を出発する時刻」を答えてください。ヌーラボ観光バス時刻表。ホテル行きとヌーラボ駅行きの二つの路線がある。

 

さて、こちらはいかがでしょうか。難しいですか?あるいは簡単すぎますか?

では正解を発表します。正解は先ほどと同じく「17時」です。

私の予想では、こちらは先ほどと違ってかなりの方が正解できたはずです。

この問題はひとまず解説を飛ばして、まずは正解できた方に一つ質問です。

あなたは「このクイズはフェアだ」と感じますか?

二つのクイズに含まれる不平等

と、なんだかドキッとするような問いかけをしてしまいましたが、ここからが本題です。これら二つのクイズについて考えてみましょう。

まずは問1です。この問題の解答を知った多くの人が「このクイズはフェアじゃない」と感じたと思います。そうですよね。普段から代替テキストを読む習慣がある人は少ないでしょうし、そもそも代替テキストなんて知らなかった、という人も多いと思います。そのような人からすれば、この問題は明らかに欠陥を抱えており、全くフェアには感じられないはずです。

続いて問2です。問2の画像は、視覚的には解答に必要な情報が含まれています。「ヌーラボ観光バス時刻表」というタイトルがあり、下部には表形式でホテル行きとヌーラボ駅行きそれぞれの路線の時刻表があり、各バス停の名前と到着時刻が記載されていました。つまり問1で代替テキストに設定されていた内容と同じだけの情報が与えられています。

一方で代替テキストはどうでしょうか。読み上げてみましょう。


ヌーラボ観光バス時刻表。ホテル行きとヌーラボ駅行きの二つの路線がある。


というテキストしか読み上げられませんでした。これでは「ホテル行きのバスが駅を出発する時刻」など全く分かりません。つまり問2も全くフェアなクイズではありません。

というわけで二問のクイズはいずれも全くフェアではありませんでした。どちらも人によっては「バスの時刻表であること」「ホテル行きと駅行きの二つの路線があること」といった程度の情報しか得られず、クイズに正解できないからです。

注意:二つのクイズでの代替テキストの用法はどちらも明確な誤りです。くれぐれも参考にしないようご注意ください。(詳しくは文末の補足にて説明しています)

偏りのある現実とその背景

改めてクイズを振り返ってみます。問1では、代替テキストを読んだ人は簡単に正解にたどり着ける一方で、代替テキストの存在を知らない人は正答が不可能でした。問2では、視覚的には時刻表の情報が提供されているものの、視覚的に画面を見ていないユーザーに対しては必要な情報が欠けていました。

どちらもアンフェアな問題ですが、実際の社会では問2のような問題の方が多く見受けられます。なぜなら、世の中の多くのサービスやコンテンツは、視覚的なデザインやマジョリティ向けの使いやすさに重点を置いて設計されているからです。

その結果、視覚障害者や聴覚障害者など少数派の人々にとっての重要な情報や支援は見過ごされがちです。多数派の無意識的な行動によって少数派が直面する課題は透明化されてしまうのです。

もし冒頭で私が問2の問題だけを出題していたら、正解した皆さんはこの問題の不平等さに気がつくことが出来たでしょうか?

このように世の中には大多数が気付かずに見過ごしているたくさんの不平等が存在しています。私自身もウェブアクセシビリティに関心を持つまでは代替テキストの重要性を深く理解していませんでした。そして未だに気が付いていない社会の不平等や偏見もたくさんあるはずです。

どうやって改善していくか

ここで大事なのは、世の中の大多数の人は意図的に誰かを排除しようとしているわけではないということです。むしろほとんどの人々が、自分たちが提供するサービスや商品、情報をできるだけ多くの人に利用してもらいたいと願っています。それでもこのような課題はなかなか改善されず、放置されてしまうのが現実です。では、どうすればこの状況を打破できるのでしょうか?

私たちがこの課題を解決するには

  • 問題に気がつくこと
  • 問題の解決に継続的に取り組むこと

が必要です。

全てのユーザーにとって使いやすい環境を整えるためには、無意識のバイアスを克服し、意識的かつ継続的な努力が求められるのです。

ここで重要となるのがアクセシビリティです。アクセシビリティとは「すべての人があらゆる状況で情報やサービス、場所などに平等にアクセスできるかの度合い」です。具体的な取り組みには、障害を持つ人々や高齢者など、特定のニーズを持つ人々が利用しやすいように設計や調整を行うことが含まれます。

この考え方を推進し、社会全体に実装することは、不公平な状況の改善につながります。

そして、このアクセシビリティを確保することは人権を尊重することに他なりません。つまり、この社会に生きる人間であれば誰でも持っている当然の権利を保障することです。

もう一歩踏み込んで言えば、(私を含めた)多数派の人々が無意識に、あるいは意識的に奪ってきた権利を、あるべき形に返していく取り組みであると言っても間違いではないと思います。そのため、本来であれば有無を言わさず全員が早急に取り組むべき課題だといえます。

しかし、残念ながらこれを知っただけで社会全体がすぐに変わるわけではありません。取り組みを進めるにはさまざまな壁があります。

これまでのやり方を変えるには、誰かが率先して行動しなければなりません。多方面への調整をしたり、細かい作業に時間や労力をかける必要もあります。前提となる知識を得ることも重要ですし、実際に困難を抱えている人の声を聞くことも欠かせないでしょう。

そして、こうした取り組みを進めるうえで大きな壁となるのが「少数派を支援しても全体の利益にならない」という言説です。この考えは社会のさまざまな場面で一定の説得力を持って語られます。

しかし私はこのトレードオフを前提とした思考は誤りだと考えています。

まず先ほども述べたように、アクセシビリティの確保は人権の保障に他なりません。そのため本来は利益(あるいはペナルティ)の大小といった観点のみで判断をすること自体が不可能なものです。

ただ、それに加えて私は「アクセシビリティはもっとポジティブに、建設的に捉えることができるはずだ!」という思いを持っています。アクセシビリティの向上や「誰か」の困難の解決は、実は私たち全員を豊かにする大きな可能性を秘めているのです

そこで、この記事ではあえてアクセシビリティの向上が単に少数派の支援にとどまらないという点にフォーカスします。この可能性を知ることで、よりポジティブかつ建設的に、アクセシビリティ向上や少数者のニーズへの支援が進められることを期待しています。

アクセシビリティを高めることで社会全体がどのように豊かになるのか、これから具体的な利益について考えていきましょう!

最もニーズの高い人への支援は全員の利益につながる

アクセシビリティはしばしば「障害者のための対応」や「特定の少数者への支援」として認識されがちです。確かにアクセシビリティの推進において、障害者の意見を取り入れたり、特定のニーズを持つ人が利用しやすいように設計や調整を行うことは非常に重要です。

そのため、これらのイメージは全くの間違いではありませんが、それだけではアクセシビリティの本質を捉えきれません。アクセシビリティはもっと幅広く、すべての人々が恩恵を受けるための取り組みなのです。

ではアクセシビリティや特定のニーズへの支援はどのようにすべての人に利益をもたらすのでしょうか。

社会全体へ利益をもたらすカーブカット効果

カーブカット効果を説明したイラスト。歩道と車道の間の縁石が削られ、なめらかなスロープになっている。周辺には車椅子利用者、ベビーカーや台車を押す人、スーツケースを持っている人、杖をついている人、自転車利用者、スケートボードを持った人が描かれている。上部に The curb-cut effectの文字。下部の余白には「When we design for disabilities…, we make things better for everyone. sketchplanations」という文字。画像出典:Jono Hey, Sketchplanations

車道と歩道との段差の一部分を滑らかにして段差を解消する、カーブカット・スロープ(カーブとは縁石のこと)という道路のデザインがあります。これはもともと車椅子利用者の移動の自由を確保するために設置されたものでした。

ところがこのスロープを設置してみると、ベビーカーを押す人、スーツケースを持った人、台車を押す作業員、さらにはランナーやスケートボーダーなど多くの人がこのカーブカットを利用するようになりました。特定のニーズへの支援によって社会全体がより暮らしやすく変化したのです。きっと皆さんも普段の生活でこのようなスロープを利用しているのではないでしょうか。

この効果はカーブカット効果(Curb-Cut Effect)と呼ばれ、スタンフォード大学のStanford Social Innovation Review(SSIR)に掲載された『The Curb-Cut Effect』という論文で詳しく説明されています。この論文では「誰かを支援することは別の誰かが損することではない。すべての人の生活を豊かにすることである」という重要な考え方が提示されています。

ある一つのグループを意図的に支援すると、別のグループに被害が及ぶのではないかという疑念は社会に根強く存在する。すなわち「公正性(equity)はゼロサムゲームである」という考え方だ。だが実は、国が支援対象を最もニーズの高い人々に絞ると、つまりこれまで取り残されてきた人々が十分に社会に参画して貢献できるような状況を生み出せれば、全員が勝者になる。SSIR Japan「これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。――スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー誌 ベストセレクション10」英治出版, 2021

カーブカット効果は日常の様々な場所で見られます。クローズドキャプション(字幕)機能がその良い例です。クローズドキャプションは、テレビや映画などの映像コンテンツに字幕を表示する機能で、元々は聴覚障害者のために設計されました。しかし現在では次のように多くの人々や状況で有効的に利用されています。

  • 聴覚障害のある人:映像の内容が理解できる。
  • 多言語を学ぶ人:言語を理解したり、言葉の知識を増やしたりするのに役立つ。
  • 騒がしい環境: 音声が聞き取りにくくても内容を理解できる。
  • 夜間や公共の場所: 音を出さなくても映像を楽しめる。
  • アクセントや方言:強いアクセントや方言があっても理解しやすくなる。
  • 複雑な情報:専門用語や複雑な情報を理解しやすくする。

この他にも自動ドアや音声合成技術、オーディオブック、歩行者専用道路などカーブカット効果の例は社会の様々な場所に見られます。

格差が減ると経済が活発になり、社会的リスクも減る

この論文にはさらに重要なポイントがあります。それは、弱い立場に追いやられている人への支援を怠ることは格差の拡大につながり、格差の拡大は社会にとって大きな損失になるという点です。

最も弱い立場に置かれている人々が直面している困難を無視すると、それらの困難が何倍にも増幅され、経済成長、繁栄そして国全体の幸福度が損なわれることになる。

経済協力開発機構(OECD)から国際通貨基金(IMF)まであらゆる機関が、格差の拡大が経済成長の鈍化につながると結論づけている。

SSIR Japan「これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。――スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー誌 ベストセレクション10」英治出版, 2021

逆に言えば、社会的な困難の解決は格差を減らすことにつながります。格差が減れば経済は活発になり、戦争や暴力といった社会的なリスクも減っていくことになります。こうした変化が私たちの暮らしの豊かさや幸福度に影響することは想像するまでもありません。

目の前の小さな困難の解決が「格差」という大きな課題の解決につながるとは、すぐには想像がつきにくいかもしれません。しかしこれらは確実に地続きです。社会全体の質を向上させるために、どんな小さな一歩でも進める価値があります。

「誰もが」使いやすいWebサービスを作るためのガイドライン・WCAG

今度はウェブの世界に目を向けてみましょう。

ウェブアクセシビリティにはWCAGという国際的なガイドラインが存在しており、日本も含めた世界中の政府や企業がウェブコンテンツを制作する際にこのガイドラインを参照しています。

この文書の冒頭、「WCAG 2 の背景」という箇所に次のような記述があります。(太字は筆者)

このガイドラインは、加齢により能力が変化している高齢者にとってもウェブコンテンツをより使いやすくするものであるとともに、しばしば利用者全般のユーザビリティを向上させるWeb Content Accessibility Guidelines (WCAG) 2.2 WCAG 2 の背景

先ほど紹介したカーブカット効果と同じように、ウェブアクセシビリティの向上が特定のニーズへの支援にとどまらないということをはっきりと示しています。

実際にWCAGに沿ってウェブサイトやアプリケーションを改善した結果、ユーザビリティも向上したという事例はたくさんあります。そのうち一部をご紹介します。

  • スマホの画面を横にしてもサービスが使えるようになった
  • 画面をズームしても表示が崩れず見やすくなった
  • コントラストが高まり、文字やUIを見分けやすくなった
  • エラーが起きたときの修正方法が分かりやすくなった

また、WCAGに基づいて行う情報設計は自然と分かりやすく堅牢なものになります。さらにアクセシビリティを高めることでプログラムコードの保守性も増していきます。これはユーザーのみならずウェブコンテンツの制作者、サービスの提供者にとっても大きなメリットです。

アクセシビリティの向上によって企業のビジネスチャンスが広がる

アクセシビリティの向上は多くの企業へビジネス的な利益をもたらします。前述のようにユーザビリティが向上することはもちろんですが、他にも様々なビジネス的メリットが挙げられます。

日本の障害者数は約1150万人

まずはユーザーの増大やマーケットの拡大が真っ先に挙げられるでしょう。アクセシビリティ向上によって獲得の可能性が高まるユーザーは実際どのくらい存在しているのか、参考となる数字を見てみましょう。

令和6年版 障害者白書によれば、「国民のおよそ9.2%が何らかの障害を有している」とされています。数にすると約1150万人です。これは多くの人が衝撃を受ける数字ではないでしょうか。

ウェブアクセシビリティの影響を特に受けやすい身体障害を有している人に限っても、視覚障害が約27万人、聴覚障害が約38万人、肢体不自由が約158万人(いずれも身体障害者手帳の所持者数)とまったく無視できない数となっています。(令和4年生活のしづらさなどに関する調査

この他にも発達障害、高次脳機能障害、難病による障害のある人などもウェブアクセシビリティの影響を直接受けるユーザーです。こう考えればアクセシビリティ向上のインパクトがどれだけ大きいか想像がつくと思います。

このような実態がある中で「今のところうちの製品は障害者に利用されていないから、ニーズも無い」というような誤った判断をしてしまうと、その企業は大きなマーケットを逃すことになります。逆にアクセシビリティを高めて誰もが使えるサービスになれば、障害者や高齢者を含めた数多くのユーザーを獲得することができるでしょう。

世間・株主へのアピールや法的リスクの回避

アクセシビリティの向上は企業の社会的な責任を果たすだけでなく、ブランドイメージや顧客満足度の向上にもつながります。多くのユーザーからの支持を得るだけでなく、会社を応援してくれる株主や投資家にも影響を与えます。さらに採用活動にも良い影響を与えることが期待できるでしょう。

加えて、早めにアクセシビリティの向上に取り組むことは、将来のリスク回避にもつながります。令和6年4月1日に施行された改正障害者差別解消法により、合理的調整(配慮)が一般企業にも義務化されました。これがすぐにアクセシビリティの義務化を意味するわけではありませんが、努力義務として定められた「環境の整備」にはアクセシビリティの向上も含まれています。

アクセシビリティの向上はすぐに実現できるものではありません。法改正が進み、企業により高度な取り組みが求められるようになった時に急いで取り組んでも、すぐに成果を上げることは難しいでしょう。将来のリスクを減らすためにも、先を見越して早めに取り組むことには大きなメリットがあります。

その他の観点

企業がウェブアクセシビリティに取り組むメリットについては次の記事でも非常によくまとめられています。ぜひご覧ください。

費用と時間がかかっても、企業がウェブアクセシビリティに取り組むべき6つの理由|Goodpatch Blog グッドパッチブログ

誰かの困りごとはいずれ私たちの困りごとになる

ここまでは、アクセシビリティの向上が社会や組織全体の利益につながることについて解説してきました。ここからは「そもそも人間は誰もがアクセシビリティを直接的に必要としている」という点を考えます。

一時的な障害や状況による困難

障害者や高齢者でなくても、一時的に障害を持った状態になったり、その場の状況によって障害を抱えることはよくあります。

  • 怪我をして片手が使えない
  • 飲酒によって注意力が低下している
  • 荷物や赤ちゃんを抱えていて普段の動きができない
  • 日光が眩しくて画面が見えない
  • 騒がしい状況で音が聞き取れない

などなど。考えればキリがありません。

もし社会のアクセシビリティが十分に高い状態であれば、このような場面でも誰もが大きな不自由を感じることなく過ごせます。

「障害者」「高齢者」「一般的なユーザー」のように切り分けて考えるのではなく、誰もが同じニーズを共有していると考えれば、アクセシビリティはすべての人に利益をもたらすものだということが理解しやすくなるでしょう。

誰も避けて通れない問題「老い」

そして私たちには、決して避けることの出来ない困難が誰にでも必ずやってきます。それは「老いる」ということです。言うまでもなく人はみな老いていきます。加齢とともに身体の様々な機能が低下し、以前は当たり前に出来ていたことができなくなっています。

例えば、視力が低下し、小さな文字が読みにくくなるかもしれません。聴力が衰え、音声指示やアナウンスが聞き取りにくくなることもあります。また、反射神経や運動能力も鈍くなり、スマートフォンの操作やパソコンのマウス操作がスムーズにできなくなるかもしれません。

こうした状況において、もしアクセシビリティが十分に考慮されていない社会であれば、高齢者は多くの場面で不自由を強いられるでしょう。ウェブサイトやアプリケーションが使いにくくなるだけでなく、公共の場や交通機関の利用、日常の買い物やサービスの利用にも大きな困難が伴うことになります。

アクセシビリティが確保されていれば、視覚補助ツールや音声ガイド、操作しやすいUIなどを通じて、高齢になっても社会の一員として自立した生活を送り続けることができます。「老いる」という避けられない現実をより豊かにするためにも、今からアクセシビリティの向上に取り組むことはとても大事です。

また、日本が超高齢社会になることは確実です。内閣府の「令和6年版高齢社会白書」によれば、2030年には総人口の約30%、2040年には国民の3分の1以上が65歳以上になると予測されています。

高齢化が進むことで生じる困難とその解決策を見つけ出していくことは、次世代への責任でもあります。超高齢社会に対応したアクセシビリティの向上は、未来の日本や世界を支える重要な取り組みであると言えるでしょう。

誰もがアクセシビリティに救われる日が来る

ここまで、アクセシビリティの向上や少数者のニーズへの支援が社会にもたらす利益について、具体的な事例を交えながら見てきました。ここで改めて私が強調したいのは「誰もが」その恩恵を受けることができるという点です。

ゼロサムゲームではない幸福を目指そう

アクセシビリティや支援を考えるとき、私たちはしばしばゼロサムゲーム的な価値観や二項対立のフレームワークに囚われがちです。しかし、アクセシブルでフェアな社会はすべての人にとって本質的にメリットがあります。

このことを考えるに当たって、私がとても感銘を受けた登壇資料があります。それがヌーラボ・サービス開発部の中道さんによる人間の尊厳、幸福、アクセシビリティです。

この資料では、哲学者(アリストテレスやショーペンハウアー)の言葉から「幸福とは苦痛が少ないことである」という前提を立て、アクセシビリティは人間の幸福に直結するという考えが示されています。さらに引用された哲学者の言葉の中で「快楽」や「享楽」が必ずしも幸せをもたらすものではない、とされている点も興味深いポイントです。

一般的に快楽の追求はゼロサムゲームであると考えられます。つまり、一部の人が得る快楽や享楽は、他の人々の苦痛や犠牲の上に成り立つことが多いということです。

例えば、高級レストランの予約を考えてみましょう。限られた席数を巡って多くの人々が予約を試みます。結果として、一部の人々は素晴らしい食事を楽しむことができますが、他の多くの人々はその機会を逃し、悲しみや不満を感じることになります。

これはあくまで例であり、もちろん高級レストランの存在そのものが悪ということではありません(むしろ特別な食体験は多くの人々に喜びや満足をもたらすものです)。

問題なのは、特別な体験から得られる快楽だけを人間の幸福だと定義してしまうことです。このような価値観のもとでは、私たちは限られた幸福を巡って奪い合いを続けるしかなくなってしまいます。

しかし、私たちが目指すべきは、誰もがなるべく苦痛の少ない、幸福な状態を共有できる社会ではないでしょうか。苦痛がない状態を幸福と定義することで、私たちはゼロサムゲーム的な競争から逃れることができます。誰かの苦痛を減らすことは他の誰かの苦痛を増やすことにはなりません。

このように考えれば、アクセシビリティの向上がすべての人に利益をもたらすことがより明確になります。アクセシビリティの向上は困っている人の苦痛を減らす取り組みに他ならないからです。

「できない100の理由」よりも「できる1つの方法」を

ここまでさまざまな根拠やデータを示しながら、アクセシビリティ向上を推進するべき理由を述べてきました。これらを一つ一つ調べながら整理してまとめることはとても手がかかることでした。(単純に私が文章を書き慣れていないのも原因ですが…)

一方で、アクセシビリティを進められない理由を挙げるのはとても簡単です。

他にやるべきことがある、優先順位が低い、何からやればよいか分からない、メリットが少ない、コストがかかる、知識が足りない、報われるまでに時間がかかる、自分には関係ない、周りがやっていない、共感が得られない…。などなど。

こうした理由は周りの人から聞いたこともありますし、私自身が言い訳として使ったことも何度もあります。

しかしここで改めて私は思うのです。私たちは「できない100の理由」よりも「できる1つの方法」を考えるべきなのではないかと。アクセシビリティの向上には時間も労力もかかりますが、その先に待っているのは誰もが恩恵を受けられる未来です。

「〇〇だからできない」ではなく「こうすればできそう!」という解決策を考えることに注力すれば、私たちは少しずつ前に進むことができます。将来の私たちや次の世代がより良い環境で暮らせるようにするためにも、今から共に少しずつ前進していきませんか?

みんなでアクセシビリティに救われよう!

アクセシビリティの向上は特定の誰かだけではなく私たちの社会全体を豊かにします。アクセシビリティに救われる日は、いずれ誰の身にもやってきます。その日のために、今から着実に取り組むことが大切です。今から始めることで、いずれ誰もがその恩恵に預かることができるのです。

あなたのため、私たちのため、そして全ての人のために、今よりも少しでも良い社会をポジティブに実現していきましょう。アクセシビリティは、すべての人にとっての未来を明るくする鍵です。

みんなでアクセシビリティに救われよう!!!!!!!

終わりに:ヌーラボでの取り組み

最後にヌーラボにおける取り組みについて紹介をさせてください。

ヌーラボでも様々なところでアクセシビリティ向上の取り組みが進んでいます。それらを紹介する前にまずは私たちの行動指針について触れておきたいと思います。

行動指針 Nuice Ways

ヌーラボにはNuice Waysという3つの行動指針があります。

Nuice Ways Ver 2.0。Try First:いつでも学び、実践しよう。すごいを超えた価値を届けるために、常識や現状ボーダーにとらわれず挑戦しよう。Love Differences:まずは受け入れることから始めよう。立場、技術、文化、思考、全ての違いは力に変えられる。楽しい雰囲気の中でオープンマインドを持ってお互いを尊重しよう。Goal Oriented:本質を見失わないよう、オープンな場でゴールを議論し、共有しよう。そして、喜びや悲しみを分かち合いながら共に目的地にたどりつこう。ヌーラボの行動指針Nuice Ways

私はこの行動指針をとても気に入っています。そしてこの行動指針はアクセシビリティの取り組みを進めるうえでも、とても心強いものです。

Try Firstは世の中に前例がなくても新しいアプローチを積極的に試して、新たな解決策を探る姿勢につながります。Love Differencesはまさにアクセシビリティ向上の意義そのものと重なります。Goal Orientedはこの記事で述べたようなアクセシビリティの本来の目的を見失わずに進めるための指針となります。

現在進んでいる取り組み

ヌーラボ社内では定期的にアクセシビリティガイドラインの読み合わせ会や、アクセシビリティの情報をシェアするミーティングを開催しています。

また、私が所属するウェブサイト課のミッションには「すべての人に等しい情報を」という言葉が含まれており、管理する各ウェブサイトのアクセシビリティ向上に継続的に取り組んでいます。四半期に一度レポートも公開しているのでぜひご覧ください。

もちろんプロダクト開発においてもアクセシビリティは日々意識されており、先日はUXエンジニアのヨーナスさんによる色覚特性について学んだことをざっくりとまとめてみたという記事が公開されました。(とても勉強になる内容なので、こちらもぜひご覧ください!)

これまでの取り組み

その他にもプロダクトの改善からイベントでの登壇まで、これまでのヌーラボのアクセシビリティに関わる取り組みをできる限りまとめてみました!

補足と注意:冒頭のクイズについて

記事冒頭で出題したクイズをフェアなクイズにするには、次のように画像と代替テキストに等しく適切な情報を含めることが重要です。

ヌーラボ観光バス時刻表。ホテル行きのバスは17時にヌーラボ駅を出発し、17時20分にA駅、17時40分にB駅、18時にホテルに着く。ヌーラボ駅行きのバスは8時にホテルを出発し、8時20分にB駅、8時40分にA駅、9時にヌーラボ駅に着く。視覚的にも代替テキストにも等しく適切な情報が含まれている画像。
代替テキストの内容:ヌーラボ観光バス時刻表。ホテル行きのバスは17時にヌーラボ駅を出発し、17時20分にA駅、17時40分にB駅、18時にホテルに着く。ヌーラボ駅行きのバスは8時にホテルを出発し、8時20分にB駅、8時40分にA駅、9時にヌーラボ駅に着く。

これを踏まえると、問2のような情報が不足している代替テキストが誤りだということはすぐに理解できると思います。そして問1のような「画像に含まれる情報以上の内容を含む代替テキスト」もまた誤りです。代替テキストの基本は「画像に含まれる情報を過不足なく記載すること」なので注意しましょう!

また、今回のようにクイズのトリックに代替テキストを使うことは全く推奨されません

この記事では社会的な不平等や代替テキストの意義をより分かりやすく伝えるため、意図的に誤った使い方をしましたが、代替テキストの基本は「画像に含まれる情報を過不足なく記載すること」であると改めて強調しておきます。

X(旧Twitter)などの各種SNSにも画像の代替テキスト(alt)を設定できる機能がありますが、こちらも考え方は全く同じです。本文に書ききれない情報を代替テキストに設定したり、ジョークのオチとして使ったりすることは本来の目的から外れた用法なので避けましょう!

加えて、このクイズは晴眼者と視覚障害者の間に恣意的な線引きをする事を狙ったものでもありません。ただ、どんな目的があったとしても本来の意図から外れた使い方、誤解を招くような使い方はするべきではない、という考えもあるかと思います。

もしご意見があればお問い合わせフォーム、または@4noki10までメッセージをいただければ幸いです。真摯に受け止めたいと思っております。

更新履歴

2024/8/8
冒頭のクイズの部分に関して、画面を見ていないユーザーの読者体験を大きく損なう懸念を含む内容となっていたため、加筆修正を行いました。
ご助言いただいた方に心より感謝を申し上げます。
ご意見・ご感想はありがたくいただきますので、是非一緒に勉強させてください。

またクイズの部分以外にも全体の文章を見直したうえで、記事の意図がより伝わるように加筆修正を行っています。

参考文献

より良いチームワークを生み出す

チームの創造力を高めるコラボレーションツール

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